21 December 2007

Morocco Day-8(Marrakech again)



犠牲祭というものを甘く見ていたわけではないが、、、、


まずマラケシュ行きのバスのチケットをかって、それまでの2時間くらいの間に

ハッサン5世モスクという20世紀最大の豪勢なモスクをせっかくだからみようと思ってたのだけど、

いきなり、バスが満員で夕方4時までない、と言われる。夕方4時じゃマラケシュに着くのは夜になっちゃうし、夜のマラケシュで荷物をもって迷路のようなメディナの中をうろうろするのはいやだから、バスをあきらめて、電車にすることにして、それまでの3時間ちょっと暇だけど、その間にモスクに行こう、という日本人的な緻密な計画。バスに乗らないとバス乗り場では荷物を預かってくれないし、電車の駅はちょっと遠いので、ホテルに一回もどって荷物を預かってもらう。


ところが。ハッサンモスクでは。

ほんとうは一時間ごとに中を見学するツアーが出るはずなのだけれど、なにしろ犠牲祭。それどころじゃない。本気でおまいりに来る人でいっぱい。お正月の明治神宮にのんきに見学にきた外人と同じである。

しかたないので、遠くから写真をとって、「来たこと」にする。だってお祈りしてる人を邪魔できないもの。。。。。


そして、さらにモスクはホテルからプチタクシーで10分くらいなのだけれど、このプチタクシーがまったくつかまらない。プチタクシーの運ちゃんだってそりゃお祈りにきているわな。

やっと現地の人が捕まえてくれたのでのったけれど、メーター壊れてる怪しげなのりのりうんちゃん。

やな予感。。。。案の上降りるときにまた正規の値段の10倍を吹っかけられた。まあ50円が500円くらいなんだけどさ。悔しいので値切る。やつは大喜び。多分この交渉をするのがアラビア流なんだけどほんとめんどくさい。まあ犠牲祭だし仕方ないやと思って3倍くらいの値段でおちつく。


ホテルに荷物をとって今度は駅に。もうタクシーはめんどくさいので使わないことにして歩く。時間あるし。。。。。


犠牲祭というのは羊さんにとって災難な日でもあります。

話には聞いていたけれど、ほんとうに昨日まで飼っていた羊さんをその日にさばいて焼いて食べるのだよ。朝から血のついた服をきた男の人がいたり、地面に血が流れていたり、血なまぐさいのです。

玄関先に首のない羊さんをつるして皮を剥いたり、内臓をとったりする光景がそれこそ、そこらじゅうにみられます。羊を焼くための焚き火が路上でたかれていて、子供が羊の頭をもってそこに載せにいってます。うーん、町中がラムを焼くにおいでいっぱい。

カサブランカの駅までの道でいくつの焚き火をみたか。。。。駅前の広場でも羊やいてたからね。。。。



そして駅についてあと1時間くらいはあるけれど、待つか、と思ってみたら、その予定の電車は走ってませんでした。犠牲祭だからか。結局駅で3時間待つ。


マラケシュまでは電車で4時間。3時間待ったあとの4時間は意外と短かった。



しかしマラケシュについたら大雨。。。駅前でまたメディナまで足を捜さないといけない。犠牲祭だからみんなぼったくる気満々なタクシーだけど値段をいったら意外と安く載せてくれた。

その後もフナ広場で下ろされて大雨の中結局「夜のマラケシュで荷物をもって迷路のようなメディナの中をうろうろする」はめに、、、小銭稼ぎの子供たちが自称ガイドをしようとするのがうっとうしい。せっかくいいホテルとまったのだからお迎え頼めばよかった。どうしようかと途方にくれたころ、ホテルの人がたまたま外でおしゃべりしてて見つけてくれた。あまりにも遅いから心配になったそうである。

場所が難しすぎ。つーか犠牲祭の日の移動ってやっぱり大変なのね。









20 December 2007

Morroco Day-7 (casa blanca)


また電車にのってカサブランカへ。
カサブランカって白い奇麗な町のイメージだったけどべつにそういう訳ではない。
ずいぶんと大きな「町」だった。イスラムの町らしく旧市街地メクネスがあり、スークが続く。
新市街地はスターウォーズでない普通の格好をした若者が歩いていて、ケバブやのお兄さんはテキパキしていて都会だと思った。つーかケバブやにいたらほとんどロンドンとかわらないね。ロンドンもムスリムの人おおいし。コーラのカンの文字がアラビア文字なのがモロッコらしい。





一通り歩いてやる事なくなった。
カサブランカは面白くないっていわれてたけどホントだね。

夕飯はここは魚が美味しいというのでシーフードレストランへ。
犠牲祭というイスラム教では大事な日(クリスマスとかお正月並みに重要な日らしい。)
の前日ということでお目当ての店はことごとく閉まっていたが、まあまあいける店だった。
お勘定をだまそうとしたけどね。。。。なんなんだこの国は。。。。
150DHのところを250DHとにこにこしながらいう。こっちが150しかださなかったら、「違うよ、この札じゃないよ」とばかりにニコニコしながら200DH札をとろうとするので、「計算したら150だよ?」っていったら。あれ?おかしいなーって顔してまた計算機をカチカチ。「あそうだね150だね!間違ってたよ!」っていってたけど、あれは絶対わざとじゃないか。。疲れるなアラビア人。



夜は都会(?)に来たので、ちょっと飲もうとかいう気分になって、雨が酷く振る中、ヒルトンホテルのバーに行ってみる。その名も「カサブランカ」。なんでも映画カサブランカの最後のバーのセットそのままというバーらしい。
ヒルトンにいってみたら、厳重な荷物チェック。ロビーはモロッコとは思えない。マンダリンオリエンタル東京です、と言ってもいいかんじの超モダンインテリア。
そんな若干ディズニーランド的な「カサブランカ」なんつーバーはあんのか?と思って訪ねたら、案の定改装されてこれまらゴージャスなキラキラバーになっていた。。。。。
仕方ないのでそこで一杯1500円のカクテル飲んできたよ、、、、モロッコだったら3日暮らせる。

19 December 2007

Morroco Day-6 (meknes)


フェズから電車にのる。モロッコで初電車。意外と普通。セカンドクラスですごく安いし。

ここもフェズやマラケシュと同じような町の作りで新市街地と旧市街地メディナに別れていてメディナの中にはスークが続く。ここのメディナは観光地化されてなくて、客引きも少なく怪しい日本語を話す人もいないし、おちついててよかった。
しかしなんか、どこにいっても同じだなという印象。。。。

キリスト教徒の地下牢というところにいった。4万人もの人がとらわれていたという(ガイドブックより)入場料は200円くらい。ガイドが案内してくれる。英語がしゃべれないので、フランス語で一生懸命身振り手振りで話すけど、、、、、なんとなくテレパシーで分かったフリ。最後にありがとうといって去ろうとしたら、ガイド料を請求された。やっぱりかよ。。。。10DH(200円くらい)を払う。まいいっか。一生懸命だったし。


ムーレイスマイル廟。非ムスリムでも入れる。とてもきれいだった。
ここではお坊さん(?)が写真を是非取れと一生懸命すすめてくれるが、今までそれでお金請求される事が多かったからちょっと怪しく感じつつ、でも写真とったよ。お金取られませんでした。こんなことで気をもむのはいやだね。




モロッコではバーとかパブが無いかわりにカフェがとっても多い。
しかし、そこに座ってるのは男しかいない。むさ苦しい事この上ない。

あとタバコは一本売りしてるのをよくみた。

これはモロッコのみそ汁と言われている(?)スープ。ここは超安くて、スープにアラビアパンとコロッケみたいなのとゆで卵がついて5DH(100円)これがモロッコの現地価格か。

18 December 2007

Morroco Day-5 (Fez)


前の日夜から、他の宿泊客を全くみないんだけれど、もしかして自分たちだけなんじゃないかね。朝ご飯は一回のレセプションの奥にあるなんだか薄暗ーいダイニングで。電気ついてないし。やってないのかと思った。二人でくらい中もぐもぐしてたら、一人おりてきた。ちらとうちらをみてそのままレセプションへ。どうもチェックアウトらしい。

前の晩のチェックインの時にレセプションカウンターで待ち伏せしてた、ガイドと待ち合わせて半日観光ガイド。若干怪しげだがまあもういい。(弱気)ものすごいチェーンスモーカーで視線も定まらないし、顔色もものすごい悪いし、絶対病気だと思うけれど、おかげで効率よく見所回れた。









そろそろモロッコ料理じゃないものが欲しい、と思ってイタめしやに入る。地球の歩き方でおすすめされてたけれど、まったくだった。あのガイドブックのレストラン情報で「おいしい」というのは信用ならないね。だいたい泊まったホテルの朝ご飯も「パンが最高」って書いてあったけど、モロッコで食べたパンの中でも悪い方だったぞ。

Morroco Day-4 (desert tour day3)




寒くて眠れないと思ったけれど、いつのまにか寝ていた。夜明け。
かわいた空気とどこまでも続く砂丘に包まれている。砂漠にいる事を思い出す。
朝ご飯も砂漠で食べるのかと思ったら、夜明けとともにらくだにのせられて出発。朝日にひかる砂丘がとても美しい。らくだがすなを踏みしめる音が砂に吸い込まれて行く。自分もそのまま吸い込まれて行くような気がする。



砂漠体験は思いのほかよかった。

砂漠から帰ってきて、朝ご飯を食べてみんなその後の長旅にそなえて出発。我々はマラケシュに帰らずフェズにいくので、途中でグランタクシーに乗り換える。突然道の途中で待ってるグランタクシー。みんなびっくり。慌てて他の10人に別れをつげる。みんなとてもいい人で楽しく旅ができました。ありがとう。

タクシーの運ちゃんど無言で6時間ものドライブをし、途中で土産物屋につれていかれたり勝手にトイレ休憩(そのへんでする)をはさまれたりしつつ、無事にフェズに付いたかとおもいきや、フェズの中心地まではいけないとわれてへんなちょっとはずれにおろされる。
フェズのあかいプチタクシーに乗り換えていく。
グランタクシーで途中でお昼によったレストランが意外と美味しかった。ちょっとだけ英語を話すおばあさんがいいかんじで。メニューはなかったけど。そんなに高くもなかったし。
実はあとから考えるとここのレモン味のタジンが一番美味しかった気がする。


どうもそれまでにだまされてくる事が多かったので、プチタクシーの運ちゃんともお金交渉をしなきゃ!と意気込んで行ったらば、メーターをちゃんと倒してくれて何事なくいった。
拍子抜け。アラビア人にもいい人がいるんだな。(超失礼)

16 December 2007

Morroco Day-3 (desert tour day2)



朝起きてもやっぱり寒くて起きられないので熱いシャワーを浴びる。朝ご飯はオレンジジュースとアラビアパンとジャム。この後もずっとそうだったので、多分これがモラッカンブレックファストなんだろう。オレンジジュースはとりあえずうます。オレンジはそこら中でなってるのをみるし、オレンジジュースはフレッシュなのがどこでも飲める。
そして出発。

まずはトゥリネールの近くのベルベル人の集落をベルベル人のガイド付きで見学させてもらう。英語をしゃべるベルベル人のガイド。「ブリュッセルスプラウトー!嫌いねー!いらないね!」(イメージ)と言う話でもりあがったよ。




ここでは絨毯を作るところをみせてもらったが、ミントティをだしてもらい、絨毯の説明をしてもらい。。。この絨毯がほんとうに美しいし。。。。
んでもって例のヘンリーさんが先発をきる。「ちなみに、この絨毯はいくらくらいなの?値切らないから底値で言ってみて」と指差すは入り口に敷いてあるみんなの靴したになってるカーペット。「この色がすごい好きなんだけれど、他にはあるの?」とかさんざん新しいのをだしたあげく、やっぱりこの色がいい、といって敷いてあったそのものを買って大満足。「10年ものだって」ってさ、満足そうだけど、ワインじゃないんだし古けりゃいいってもんじゃないだろとも思うんだけれど、そのへんが古いものを大事にするイギリス人らしい。他にも壁に飾ってあったどうみても20年以上は経ってるものを「いいなー」と欲しそうにしてる。
結局ヘンリーさんが引き金になってみんなそれぞれカーペットを買う。マラケシュのマーケットではもっと高かったっていうしさ、ほんとだかわからないけどさ。でももう二度とこない気もするしね、とかいったらアンもニコニコ笑ってうなずいていたよ。

絨毯をゲットして不思議な満足感がただよう。ヘンリーさんはみんながどんなのを買ったのか気になるらしく、しきりに、「夕飯の時にあけてみんなでみせっこしよう」といいながら大興奮。

そしてトドラ渓谷。


その後はいくつかのオアシスを抜け、みたこともないようなダイナミックな大地をぬけ、一エルフードへ。
乾いて平坦な土地の広がりは砂漠が近い事を感じさせる。


そしていよいよ砂漠の入り口に到着。ここでバンをおり、らくだに乗り換える。
ノマドのテントにお邪魔させてもらうのだ。



らくだにのって砂漠をあるきつつ見る夕日はすばらしく、砂丘は静かに暗くなっていく。
砂漠にきてよかったなーと思う。空と大地の境界線が薄れて行く。

ノマドたちとともに、タジンとアラビアパンで夕食をし、ベルベル人が太鼓をたたいて歌うのをきき、語るのは楽しかったよ。

チリからきたカップルはジャーナリストと学校の先生だったれど英語があんまり得意でないみたいで話しやすい。でもなかなか共通点がなくて、一生懸命話すんだけれど、内容といえば、チリからきた売春婦のアニータさんの汚職事件とペルーのフジモリ大統領がチリに隠れてるという話をニコニコしながら話す。お互いの国にお互いにとってもっといい人をあらわれると いいね、とかいってみたりして(そういうしかないじゃないか)とはいえピースフルな時間。

満天の星のもと眠りについたのでした。

信じられないくらい夜は寒かった。

15 December 2007

Morroco Day-2 (desert tour day1)



7時に集合だけど、6時半にホテルを出たときは真っ暗だった。真っ暗も真っ暗、あかりがまったくない。街灯も消えてる。こわー。ホテルは人が一人しか入れないような細い道に面している。くらー。誰かいるし。見えなくて逆に怖い。駆け足でフナ広場まででるとさすがにぽつぽつと人が歩いてるのが見える。一息つく。人がいたところでべつに安心ってわけじゃないけど。

暗い中でフランス風パンやが開いてる。若干不思議だけれど、よくみるとぽつぽつ店が開き始めている。美味しそうなので、朝ご飯用にパン購入。

待ち合わせ場所に到着したら安いツアーだから若者ばっかりじゃないかと思いきや、思いのほか大人というかお年を召したかたが多い。私たちがぼーっとしてたら一人のわりと上品なコッツウォルズにでも行くような格好をしたおばさまがつかつかとやってきて、イギリス英語で「何日のツアーなの?」と聞く。2泊3日で砂漠にいく、といったらば、じゃあっちね、と列を指差してくれた。次から次へと来る人来る人に同じことをきいて列を指図してるから、この人がツアー会社の人かと思ったら単純に仕切ってるだけだった。

私たちのツアーは12人がひとつのバンにのっていく。内訳は南イングランドからきた老夫婦(ヘンリーとアン)、ロンドン在住のウエーリッシュとオージーのカップル、同じくロンドン在住のロンドンっ子と韓国人のカップル、ロンドンで学生をやっていて、コースを終えて国に帰る前の長期旅行という韓国人カップル、われわれの10人がイギリスからで、それからチリからきたカップル。半分の母国語が英語ということで、まるでロンドンにいるのと同じかんじだよ。イギリス人はこういう大自然系のツアーが好きなのかね。

この南イングランドの老夫婦がとてもかわいい。ヘンリーさんはひょろっと背が高くてイギリス人紳士っぽいのだが、一人で皮肉交じりのイギリス英語で喋り捲ってて、しゃべりに夢中でちょっと空気が読めない。「Oh, Gosh 」が口癖なのかいつも言ってる。どこからきたの?と聞かれて日本からだといったらば「Oh, Goosh」窓の外の景色をみては、「oh Gosh, Gosh,」っておどろいてんだかなんだかわからんけど。単に口癖なんだろな。そんなヘンリーをいつもアンが笑いながら突っ込みをいれている。イギリス人っぽいダサダサファッションだけど。かわいらしい。おじいさんが変な事をいっても、「もうほんとうにうちの夫は恥ずかしいわ!」とかいいながら何気なくフォローし続けてるしとても可愛い人だった。なんでモロッコにくる事にしたの?と聞いたら、この人が勝手に決めたのよ!といいながらウインクしてた。興奮で話がとまらないヘンリーさんの「Gosh」を聞きながらツアーは出発。
メディナの塀の上にコウノトリがいっぱいいるのをみつつ。
マラケシュの町外れはまるでスラム街みたいだった。

まずはアトラス山脈を超える。道が荒いと聞いていたので、乗り物に弱い私は念のため酔い止めを飲んで挑む。




途中の風景。いくつか山を越え、山の中にすむベルベル人の集落を抜ける。
犠牲祭の前だからか、羊を売り買いしてるのをよく見かける。

そしてアイット-ベン-ハドゥの集落(世界遺産)。
ヘンリーさんがアラビアのロレンスの長映しのシーンのすばらしさを語っていた。
ここで撮影されたそうだ。






ワルザザードでご飯。ワルザザードには撮影所があるらしい。ヘンリーさんガイドのようにしゃべりまくる。妙に年代に詳しい。歴史でも専攻してるのか?


ここでお昼を食べる。

その後山をのぼってはくだり、途中で休憩をはさみつつこの日は山の上のティリネール近くのホテルにて宿泊。思ったより奇麗じゃん!とみんな喜んだのもつかのま、山の中で超寒いのにヒーターが部屋になくて、寒い。凍え死ぬかと思った。熱いシャワーがでなかったらみんな凍え死んでただろう。